2015年7月13日月曜日

KARA物語5 ~ 歌姫の孤独

デビューから3ヶ月が経過した。
 すでに季節は夏に差し掛かり、韓国国内は例年にない猛暑に見舞われたが、それとは対照的にKARAのセールスは芳しくなかった。
そ の間、KARAは音楽番組や合同ライブへの出演、広告への出演と仕事をこなしていったが、いずれも単発で大衆への起爆効果は乏しかった。そのため、本来、 デビューアルバムthe First Blooooomingの活動は3ヶ月で終了する予定だったが、DSPメディアはさらにSecret Worldを第三弾としてシングルカットし、活動期間を延長した。
 韓国におけるアイドル成功の成否はデビュー直後に掛かっていると言っても過言ではない。デビュー時に可能な限り完成度の高い音楽性をアピールし、 音楽チャートの上位にいち早く食い込めば理想的である。彼ら彼女らの歌唱力やダンス、そしてその容貌や装いまでもが、辛口な音楽評論家やマスコミの論調の 対象になる。そしてそのことが大衆の評価に大きく影響する。
 一旦、大衆から失望を買うと、その評価を覆すことは極めて難しい。すなわち、最初に音楽性を評価され、音楽チャートを席巻すれば、「大物スターの出現!」、「今年の新人賞の大本命」ともてはやされ、一流アイドルへの道が一気に開けることになる。
  逆にデビュー直後、低調なパフォーマンスを披露してしまい、大衆へのアピールが不足してしまえば、そのビハインドを覆すことは容易なことではない。だか ら、韓国ではデビュー前の事務所によるレッスン準備期間が日本に比べ長期間になる。短くて2年。長ければ4年くらいにも及ぶのは、デビュー直後から完璧な パフォーマンスを求める韓国視聴者の特性に由来する。
 韓国芸能界において、逆転や挽回がいかに難しいかがわかる。
 そんな状況のなか、KARAで人一倍苦悩していたのは、リードボーカルのキム・ソンヒであった。
「いいか、ソンヒ。お前がKARAを引っ張っていくんだ」
DSPメディア社長のイ・ホヨンは、デビュー直前、ソンヒ一人を社長室に呼び、こう切り出した。イ・ホヨンは一時期苦境になった会社をその手腕で建て直しており、一見60歳を過ぎた人の良さそうな初老の紳士だが、その指導力と先見性は常人からは抜きん出ていた。
「でも、社長。KARAのリーダーはギュリです」
ソンヒの言うことは道理だ。ソンヒはKARAのリーダーではない。リーダーに指名されたのは、メンバーで最年長のパク・ギュリである。
「い や、そういう意味で言ったのではない。KARAのリーダーは確かにギュリだ。だが、メインボーカルはお前だ。お前がKARAの音楽性を決めるんだ。ステー ジ上ではお前が他のメンバーをリードするんだ。他の三人はまだ経験が浅い。お前には経験があるし、何より才能がある」
イ社長のいう経験とはソンヒが既に3年前にテレビ番組の主題歌で歌手デビューを果たしていることを指す。
ソンヒの声量豊かな歌唱力はDSPの他の練習生を圧倒しており、社長自身ソンヒがデビューするに相応しい舞台が整うまで彼女を大切に育てていた。そして、そのデビューの舞台がKARAである。
「ところで、ご家族は息災か。お母様は元気かな?」
一息つくようにイ社長は椅子から立ち上がると、話題を変えた。
「母は元気です。ただ・・・」
ソンヒは伏目がちに答える。
「まだ、ご理解いただけていないようかな?」
「はい・・・母は高校だけはきちんと卒業するようにと。出来れば、大学にも進学してほしいみたいです」
ソンヒの母は芸能界に興味のあったソンヒがDSPメディアの練習生になることを希望していた時から、娘の芸能界志望を諌めていた。
━成功するかどうかの保障もない芸能界を目指すよりも、堅実に学業で身を立ててほしい。
それが母の願いだった。
日本以上に学歴社会の韓国において、芸能界を目指すということは一種の賭けである。芸能人としてスターになれば、社会的にも認められ富貴を手に入れる。コリアンドリームを手にするのである。
しかし、もし芸能活動に挫折した場合、それまで学業を犠牲にして歌やダンスに励んだ時間と労力は何の意味もなさなくなる。そして、その時点からの学業への復帰、または芸能人以外の社会人としての再チャレンジには非常なる困難が待ち構える。
「お母様には折を見て私からもまた話をしておこう。お前は余計な心配をせずにKARAの活動に全力をあげてくれ」
社長は母親よりもまずソンヒ自身の心を確固たるものにさせるよう諭すと、話を切り上げた。
それから4ヶ月。
KARAとして無事デビューを果たしたが、音楽チャートの上位にKARAの名を連ねることは出来ていない。仕事も最初の1ヶ月はあわただしくもあったが、2ヶ月3ヶ月と過ぎると、スケジュールも空きがちになってきた。
「やっぱり、芸能界で成功するなんてそんな生易しいことではないのよ」
母の無言の声がソンヒに聞こえる。

━何としても結果を出さなければ・・・。
KARAのリードボーカルとしての責任。そしてソンヒ自身の夢が彼女の肩に重くのしかかる。

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